|
寅年の短所 前回言った私の後輩は、以降に述べる寅年の短所はあまり当てはまらないかな?でもその後輩に聞くところによると、彼の御婆ちゃんが同じ寅年生まれで、まさに以下のような性格をしていたとか。 干支だけで判断するのは早計の至りかもね。 何故って、干支だけで性格判断できてしまうなら、人間は12種類の性格だけになってしまうでしょう?人の性格は、もって生まれたもの、その後の育った環境、人生経験などによって形作られるものだと思う。会社の後輩の性格は、長所は当たっているような気がするけどね。 またまた虎じゃないけど、しかも白猫。でもまあ、ネコ科の動物でしょ。 ▽あまりクヨクヨと思い煩わない! この年の人は、てがたく、用心ぶかいことは、すでに書いたが、ただその度が過ぎて、つねにクヨクヨと思い煩(わずら)い過ぎている人が多い。つまり、ことにあたっていつも迷い、躊躇(ちゅうちょ)しないでもよい些細なことに躊躇し、いつまでも小心翼々として、行動に移れないでいる例が多いのだ。もちろん、ひとたびその人なりの見通しがつけば、他のだれよりも果断さを発揮し、ときには世人をあっといわせるような偉業をやりとげるのだが、残念たがらそれができないで、クヨクヨのしっぱなしで、不発に終わってしまうのである。したがって、クヨクヨもほどほどに、ということになろう。 まっ、とにかく始めましょう。 ▽完全主義もほどほどに! これも"てがたさ"のひとつの表現であろうが、この年の人のなかには、なすことがやたらと慎重で、完全主義的で、一挙一動あやまりのないよう、あまりにもスローモーの人がいる。たとえば、文字を書くにも一点一画に気をつかいすぎ、弁当をたべるにも端から端までしかしかと一粒のメシツブも残さないようゆっくりとたべ、机の上の鉛筆や消ゴムの位置までそのつど気を配り、掃除をすれば、ミクロン単位の一片の塵挨の存在も許さない、というがごときである。 つまり、やることなすこと、やたらと手がたく完全主義で、たしかに間違いはないのだが、その反面、あまりにもスローモーな動作になってしまい、ときと場合によっては、ちょっと損なこともあるのである。とくに、スローモーションではハカのいかない作業では、ハタの者がまだるっこしがるだけであり、いささか不利なのである。 ▽愛想をよくして威張らない! 「男は度胸、女は愛矯」という諺があるが、この年の人、とくに女性のなかには、いたって無愛想な人がいる。がこれは愛想が生命である女性にとっては、致命的欠点であるといえよう。したがって、これは、なんとか心がけを改めないと損。 また「あの人、とても威張り屋さんでしょ。だから嫌い!」などといわれている寅年も多い。 自分としてはべつに威張っているつもりではない場合もあろうが、この生まれ年の元首相吉田茂らのワンマンぶりを見てもわかるように、この年の人には、ちょっと威張り屋さんが多いのも事実。 とそこで私はこの年の人に、以下のようなトルストイの言葉を献じたい。 「謙遜な人はみなに好かれる。われわれすべては人から好かれる人間になりたいと思っている。それなのに、なぜ謙遜な人になろうと人々は努力しないのだろう」 ▽強情にならない! 慎重なのも結構、見通しにもとづく信念の強いのも、また勇気のあるのもたいへん結構。だが、それがちょいと行き過ぎると、いったんいい出したら、ぜったいあとへは引かない強情さ、無反省さとなるのはいただけない。もちろん、それもほんとうに見通しに狂いがなくやっていることが客観的に見て正しいなら、何をかいわんやだが、しかしお互いに不完全な人間のこと、ときどき間違った見通しにもとづいてことを行なうから、周囲の人たちとうまくいかないのである。つまり、どのような長所でも、裏返せば短所とならぬものはない、ということである。 そこで、自分の考えていること、やろうとしていることが、客観的に見て正しいことかどうか、ときには第三者に、相談してみるのがよいだろう。 ▽きびし過ぎない! ピユーリタン的気質のあるこの年の人は、ものことをあまりに厳格に考えすぎ、周囲の人たちの顰蹙(ひんしゆく)を買っている御仁もいる。たとえば規則などをあまりに厳格に解釈し、自分も厳格に守り、人にも厳格に守らせようとするために、この年の人が上役であるような場合には、その部下たちにとかく嫌われ、融通のきかない、温かみのない人間として見られるのである。一例を挙げれば、江戸も末期の幕府の老中、水野忠邦などもその好例であろう。水野忠邦もこの生まれ年だが、彼は有名な天保の改革を企てたものの、苛酷に過きて庶民の怨みを買った事実は、歴史を学んだものならだれでも知っているところ。そこで、この世は不完全なナマ身の人間の集まりであることを認識し、白他ともに、あまり厳しい戒律を課することには、慎重でありたいものである。だいいち、それでは自分が窮屈だから。 ▽背伸びをしない! この年の人はカネがないのにあるようなことをいったり、メシを食ってないのに食ったような顔をしたりする傾向がある。これは本質がアンビシャス(野心的)で要求水準が高いものだから、つい背伸びをし、虚勢をはることによるのである。だからその結果は、人から陰で物笑いのタネにされ、助けてあげようとしている人たちを、自分から遠ざけてしまうのである。 コロンブスが未知の大洋へ船出しようとしたときの、かの国の俗物どもの世評などとはちがって、こういった些細なことで、すでに目標を実現したかのような顔をして、虚勢をはるのは損。だいいちそれでは人に好かれない。 ▽あんまりデツカイことをいわない! ほんらい夢がデッカイのはこの生まれ年の人の特徴だが、ただその夢を寄するメドもっかないうちに、やたらでっかい夢を人に語っても、物笑いのタネになるばかえ「あの人は大ほら吹きだが、やることもやっている。たいしたものだ」などと感心されている入もいるが、しかし多くは。大法螺」だけで何もしていないし、またしようともしない人が多い。宴席などでこの年の男性の胃袋に酒がはいると、トラの特性たる用心深さをスッカリ忘れて、大まじめにデッカイ法螺吹き、豪放磊落「らいらく」ぶりを披露したりする人がいるが、思えばちょっと損。 ▽自カをたのみ過ぎない! すでにふれたように、この年の人は単独行動がお好きで、仲間をつくらず、しかも独立心が旺盛で、人の上に立って采柄(さいずか)を握る特徴があるから、つい行過ぎて自分を恃(たの)みすぎ、人もついてきてくれず、志半ばでUターンしなければならないことが多いのだ。しかし、それでは大事を成しとげることはできない。そこで、少しは同志をつくるよう心がけ、また単独行動もつつしむよう、反省するのがとくであろう。 ▽言葉に気をつける! この年の人、なかんずく若い女性のなかには、気持ちはけっして悪くはないのだが、いささか議論好き、リクツ好きのところがあり、また口先が強くてよく人と衝突、せっかくできかけたうるわしい人間関係を、わざとブチこわす専門家みたいな人がいる。が、これこそ不徳のいたすところというもので、はなはだ損。何しろ結果は人に嫌われたり憎まれたりするだけで、何もうるところはないのだから、この点は少し修業をつまねばならぬところであろう。また、なかには人から聞いた他人の秘密を平気で他に伝え、憎まれている女性も多いから、この点も要注意というところ。 以上、例によって寅年生まれの人のだいたいの長短を列挙させていただいたが、すでに見てきたように、この年の人もまことにすばらしい数かずの長所美点をもっているから、大いに自信をえてよいであろう。 なお、この生まれ年の著名人のなかには、すでに挙げた人物のほかに、たとえば大久保利通、高橘是清、若槻礼次郎、小林秀雄、河上徹太郎など枚挙に邊(いとま)がないほどである。くり返すが自信をもってよい年である。 私の後輩は、いい男だよ。顔もジャニーズ系で、性格も温厚で、仕事も真面目にします。しかも愛妻家で子煩悩ときている。・・・・・・・まっ、私には負けるけどね(笑) この原文を読みたかったら、このブログ経由でご連絡ください。本を買ってね(笑) Sammy−p /////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////// |
| << 前記事(2007/07/16) | ブログのトップへ | 後記事(2007/07/19) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
新年明けましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくおねぎいたします。 ...続きを見る |
サミーのつれづれブログ 2010/01/01 05:42 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/07/16) | ブログのトップへ | 後記事(2007/07/19) >> |