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help RSS 人は城、人は石垣、人は濠、なさけは味方、仇は敵なり。(武田信玄)

<<   作成日時 : 2007/08/22 23:41   >>

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どんなに難攻不落を誇る巨城を築いたところで、人心が離反すれぱ、国は亡びる。
どんなに深い濠(ほり)をめぐらし、高い石垣を築いたところで、もし守るに人をえなければ、そんなものはなんの役にもたたない。



古来、多くの武将が堅固な城にたてこもりながら、あえなく敗れ去った例は多い。また、べつに敗れ去らないまでも、いざというとき、巨城もただそれだけでは、それほどたよりになるものではない。だから信長、秀吉、家康、元就、譲信らの戦国の武将らがこぞって堅固な城を築いてたてこもったのに反し、ひとり信玄のみが、ついに甲州に城を持たなかったのである。

そのかわりに、信玄は何にもまして「人」を大切にしたといわれている。だから優れた家臣にめぐまれたのである。


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                躑躅が崎館跡に建てられた武田神社


「信玄は、国境線が拡大されても、狭小な、しかも防備力のほとんどない躑躅(つつじ)ケ崎の館(やかた)を居城とし、(中略)信を内に置き、常に国外に進出した」と、奥野高広氏は「武田信玄」のなかで書いている。


だから例の長篠の合戦でも、もし優れた部下の多く失なわれなかったならば、武田の滅亡はずっとあとになったはずだと、史家はいっているほどである。



いつどこで詠(よ)んだ歌かは知らないが、いずれしても信玄がこの言葉を生涯の信条としていたろうことは、史家の一致して認めるところであり、戦術・戦略にたけた名将といわれるだけあって、まさに古今に通ずる名言だと思われる。

 近年、米山愛紫の作詞にかかわる「武田節」が愛唱されるのも、人は石垣人は城、の名句が、人間関係の複雑化にともなう現代人の情感に、何かアピールアピールするものがあるからではないだろうか。


ともかく、どんなに大きくりっぱな建物を建てても、また力があっても、金があっても、学があっても、もし友人や先輩や後輩に信じられ、敬われ、愛されるのでないならばおそらくだれしもあまり成功することはできないないに違いない。


 どこかの社長、部長、課長連中に聞かせてあげたい名言である。

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                  甲府駅前にある信玄像                                                 

                            Sammy−p



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