サミーのつれづれブログ

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<<   作成日時 : 2008/06/14 05:27   >>

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もう○十年も前のこと、

 その日はどういうわけか宵の口から停電で、膳の真中に大きなローソクを立てて、叔父の家族と、たまたま遊びにきていたぼくとが、やや遅めの夕飯をとっていた。

 叔父はひょうきんな人だから、ときどき、みなを笑わせるようなちょっとしたおもしろい話をするが、その話がとぎれると、冬のことではあり、また田舎のこととて、あたりはしーんとして物音一つしない静けさにかえった。その幾回目かの笑い声がとぎれたときだった。

 だだっぴろい玄関のほうで、ドターンと、まるで隕石でも落ちたようなものおとがしたのだ。―といっても、例えて言えば大きなガスタンクが破裂したほどの音でもないから、みな一瞬、驚いて音のした方をふり向きはしたものの、すぐ気を取り直して、何事もなかったかのように夕食をとった。

 すると、しばらくしてことし高校二年の従妹の紀子(のりこ)が、屈託のない顔で、

「猫が二回から飛び降りたのよ、たぶん…」

といった。

 すると、ぼくと同い年で、同じ大学へ行っている孝司(たかし)が、

 「バカ、いくら猫だって虎や豹じゃあるまいし、そんな芸当するもんか」

と兄らしい文句をいった。

 「じゃあ、お兄さんは何だと思うの?」

 「わからん。でも、ひょっとするとドロボーかな?」

 「まあ、おどかさないでよ…」

 紀子は仰山に兄を見ておびえるような顔をした。

 「まったく、何の音かしらねえ?」こんどは伯母のことばである。「ひょっとすると、お隣のお婆さんでも夜遊びにきながら何かにぶっかったのかしら?」

 「いや…」と、今度は伯父である。

 「そんな音ではないよ。なんでもないだろう。今夜は停電して真っ暗だから、なんとなく、ちょっとした物音でも意味ありげに聞こえるだけさ」

伯父は楽天家らしい明るい顔で、ローソクの光の下で煮魚をつつきながら言った。

 「いーや…」と、こんどは七十歳になるおばあちゃん(祖母)の神妙な声だ。

 「いまの音は、ただの物音じゃないよ。おじいさん(祖父)が旅先で脳溢血で死んだときにも、たしかいまのような音がしたよ。ひょっとすると誰か…?」

 「まあ、おばあちゃん、おどかさないでよ。わたしこわくなったわ…」

 紀子は箸を持ったままで、いかにも不安そうな表情をしてみなの顔をのぞいた。

 「そんなバカな事はないよ.。おばあちゃんの考えはやっぱり古いな…」

と孝司の見解。


 「孝司、見てきてごらん。物には必ず原因があるはずだ。猫が飛び降りたのか、ドロボーさんがおいでなすったのか、それともお隣のおばあさんが何かにぶつかってころびでもしたのか。ライトがその辺にあるだろう」
祖母が変な事をいったので、ついに調査員派遣というわけだ。


 「よし、おれが見てくる。でも猫が飛び降りるはずもなし、またよしんば飛び降りたとしても、あんな音がするはずもなし…」

 孝司はみずから元気付けるように、やや大きな声でこういいながら、側に置いてあった懐中電灯を持つと、玄関の方へ男らしい足取りで歩いていった。
 僕も彼一人では心細かろうという同情心と、また半ば好奇心も手伝って、彼の後を追った。そして停電で真っ暗な玄関付近を二人でライトを当ててみたが、どこにもなんの異常も認められず、なぜあんな音がしたのか、原因はさっぱりつかめないままで、二人は戻ってきた。

 「判らないよ、お父さん」孝司は報告した。「すると、やっぱりお父さんの説が正しいのかな。しかし、それにしても…」

 「原因のない音なんてありゃしないしな。でも、あるいはこんなに大きな家だから、どこかがきしんだ音かもしれないぜ…」

これは僕の発言である。


 それからどのくらい経っただろうか。やがて電灯がつき、我々は食後の雑談にハナを咲かせていた。といっても、先刻のあの異様な物音を忘れてしまったわけではない。僕はもちろんそうだったが、恐らくみんなも妙に気になっていたに違いないのだ。

 なぜなら、ときどき思い出したように、お互いいに玄関の方をチラッチラッと見ていたのだから。
ただ、僕はその雑談のさいちょう、この伯父の家に遊びにきていた理由について、人知れず深刻に反省しないではいられなかった。というのは、祖母が先刻「ひょっとしたら誰か?」といったその気味の悪い迷信じみた言葉が、ある事件とからまって妙にきになってならなかったからだ。



 ある事件―それはつまり、僕がこの家に遊びに来る前に実家で会社勤めをしている気のよい兄と喧嘩したことである。それもたいへん激しい言い争いだったが、もとはといえばきわめて些細なことで、いうも恥かしいくらいであるが、じつは僕が兄の言うことにしたがわなかったところ、兄から「歳は無駄にとっていないつもりだ。おれの言うとおりにしていればいいんだ」といわれたことにむしょうに胆が立って、さんざんに兄に喰ってかかったのである。

 その喧嘩がもとで、きわめて神経質で気の弱い兄は、前にも大怪我をしたことのあるヘタクソなスキーをしに、単身冬山へ出かけてしまったのだから、僕の立場はない。両親の手前、兄を追い出してしまったような結果になった気まずさから、この従兄弟であり、学友でもある孝司の家に、僕は遊びにきていたわけである。

 しかし、遊びに来たとはいえ、喧嘩した気まずさから逃げ出してきたのであり、どうにも気が滅入ってしかたがなかった。だから一所懸命兄のことは忘れようとして、孝司や紀子相手にムチャクチャに騒いでいたのだだが、そのやさき、あの異様な物音。そして祖母のあの気味の悪い予感の言葉である。

 僕は正直言って、つまらない喧嘩をして兄を苦しめた事を心から悔いた。

 そして一日も早く兄に会って、兄の顔を立ててやりたいと思った。祖母の「ひょっとするとだれかが…」という馬鹿げた予感が、もしも偶然あたって兄の身に事故でもあったら、間違いなく僕の責任になる―そう思うと、僕はみんなの雑談中、理屈の上では頭から否定している祖母の言葉も、ムードや感情の上ではあの異様な音と兄とが、妙に関係あるかに感じられ、いてもたってもいられない不安と、良心の呵責にさいなまれた。

 「それにしても、さっきの物音はおかしいなあ。どう考えても、うちの猫があんな音をたてるわけでもないし、さりとてドロボーがいたとも思えないし、また隣のお婆さんが転んだ形跡もないし、お母さんはどう思う?」
やっぱり僕だけではないのだ。みんな依然として気になってしかたがないのだ。そうでなければ、またこんな話を、繰り返すわけもない―そう僕は、そのとき思った。

 「そうね、多分聡(さとし:僕の名)さんの言うように、この古い建物のどこかがきしんだ音でしょう」

伯母は僕の“キシミ説”に単純に賛成のようだ。

 「僕には、そうも想えないんだ。だってきしむにしちゃ、ちょっと音が大き過ぎるし、それに異様だよ。なあ、聡、そうじゃないか?」

 「うん、そうかもしれない…」

ぼくにはもとより自信がなかった。自信があれば、兄の安否の事などきになるわけもなかった。

 「もう、よしましょうよ、そんな話。だいいち、おばあちゃんがいけないんだわ。変な事いうんだもの…」
こう、紀子が祖母をとがめたときだった。出し抜け玄関のガラス戸がガラッと開いて、

 「こちら、高桑(伯父一家の姓)さんのお宅ですね?」

 「は、はい、そうですけど…」

 伯母は反射的に答えたが、その表情にはありありと緊張と不安の色が見えた。

 「電報ですよ…」

 みんな思わずギクリとして顔を見合わせた。


 伯母ははじかれたように立ち上がると、あたふたと出て行った。

 「ご、ご苦労様です。」

 電報配達人が去り、玄関の閉まる音…。

 「まあ、こ、これはたいへんだわ。聡さんのお兄さんが…」

 「弘(ひろし:僕の兄の名)がどうかしたというのか?」

 と伯父のあわてた声…。

 「弘さんが、山で危篤だって…」

 「え!」

 それから僕は、取るものも取りあえず、夢中で兄の収容されているという病院までかけつけけたが、兄は崖から落ちて打ち所が悪く、すでにこと切れていた。


                                                        Sammy-P

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